「私の子育て

 

 

ひまわり組でお世話になっているK2の母です。お聞き苦しい点もあるかと思いますが、本日はどうぞ宜しくお願い致します。

 私は4人の子どもに恵まれ、長男小1、次男K2年長、三男年少、長女2歳になります。長男は出産予定日1週間超過で促進剤での出産、三男は逆子で予定帝王切開、長女も同じく帝王切開。それに引き換え39週3日、自然に産気づき、分娩台に乗ってわずか8分で生まれたK2。どう考えても私のお産経験で一番の安産でした。それは、あまりにスムーズなお産で思わず分娩台の上で「え?もう産んでいいんですか?」と助産師さんに尋ねたほどです。K2が生まれた瞬間、真っ先に「お!私に似ておる(笑)」と思ったのですが…3月3日に6歳を迎えるK2は父親そっくりです。どうしたことでしょう、DNAとは不思議です。

かくにも安産で生まれたK2ですが、1週間後、あの東日本大震災が起こりました。幸い、里帰り出産で私たちは実家のある神戸にいて、地震の映像にかじりついていました。「いつかもこんな絵をみたことがあったなぁ。」1995年1月17日、神戸でもたくさんの人が亡くなった日のことを思い出します。生れたばかりのK2を抱っこであやすこの瞬間にも、このテレビの向こうでたくさんの命が消えようとしている。その方々の冥福を祈りながら、この両の手にある大切な命を守っていかないと強く思いました。

1歳半くらいまでのK2の成長は順調そのものでした。首すわり、寝返り、ひとり座り、ハイハイ、つかまり立ち、独り歩き、どれをとっても月齢どおりの成長。情緒に関しても、なかなか笑わなかった長男と違って生後2か月くらいから、あやすとよく笑っていました。2番目って楽なんだなぁとしみじみ思っていました。

雲行きが怪しくなってきたのは1歳半を過ぎた頃。年子育児の息抜きに月に2〜3回近くの保育園の一時保育に預け始めた頃からです。当時の園からの連絡事項で気になったものをいくつか紹介します。

 

・給食前に絵本の読み聞かせをしようと皆で集まると、K2君はまだまだ遊び足りない様子で、パズルや車の玩具を出して遊んでいました。

・登園後は汽車の玩具で集中して遊んでいたK2くん。避難訓練の為、片付けるよう声をかけると床に寝転び足をバタバタさせて大号泣。全身で嫌なことをアピールしていました。

・日中は屋上へ行き、皆でマラソンをしていたのですが途中からすべり台で遊び始め、そこからずっとすべり台や車の乗り物で遊び続けていました。在園児に溶け込んでいて、好きな玩具を見つけてじっくり遊ぶことが上手なのですね。

・登園後の室内遊びで、お友達が一緒に電車遊びをしようとするとつっぱねていました。

・お友達が使っていた玩具を取ろうとしたので声をかけると大号泣。そこからは少しでも嫌なことがあると泣いていたK2くんでした。

 

読み返してみても、まさにK2ちゃんだなと思う今日この頃です。それでも当時は、人より少し自我が強いのかなと思うくらいでした。もうすぐ魔の2歳であるし、これがイヤイヤ気なのかもしれないとも思っていました。

 

母子手帳より

(保護者の記録 2歳の頃)

蒸気機関車が大好きです。

気に入らないことがある、思い通りにいかないとすぐに癇癪を起こします。

(保護者の記録 3歳の頃)

言葉が遅く、まだ自分の気持ちを上手に表せないので癇癪を起こすことが多いです。4月から幼稚園に入ります。集団生活をとおして自分の気持ちを伝えられるようになり、相手にも気持ちがあることをわかっていける様になってくれればと思います。

 

K2は3月生まれなので、3歳1か月で兄と同じ私立の幼稚園に入園しました。入園前の面接で、言葉が遅いこと、癇癪が多いことを園に伝えましたが、兄弟枠の内部入園で早生まれの3月ということで様子を見ましょうと入園許可を頂きました。そして、入園前の課題であったオムツをはずすこと。とにかく4月までにと、夢中でトイレトレーニングしました。その甲斐もあり、何とか8割9割はトイレでおしっこがきるようになったのですが、この時のあせりが起因しているのかどうかはわかりませんが、幼稚園入園後、癇癪を起こした際に失禁する癖が出るようになりました。幼稚園という集団生活に入ってからは1日に癇癪を10回以上起こすことも珍しくはないという毎日でした。癇癪の度合いも1,2歳のそれとは比べ物にならないほど激しく、長い時で20分くらい暴れまわっていました。自傷行為もありました。この時は唾を吐くというよりは泡を吹く、手を口に突っ込んでえづくことが多く見られ、注意して止めさせようものならエスカレートするばかりで、どうしていいものか癇癪収まるまでただ見守るほかありませんでした。5月には幼稚園の担任の先生からもいよいよ電話がかかってきて、「癇癪を起こしたときの対処のコツとかありますか。ご家庭ではどうされていますか。」と聞かれても私も困っていますとしか言えない状態でした。そこで、とりあえずお医者さんに診てもらおうと、インターネットで調べた小児科で子どもの相談を受けたのが始まりでした。簡単な問診と簡単な発達テストを受けた後、先生の見解は発達障害の可能性あり、普通級には行けないでしょうというもの。全く予想もしていなかった答えに憤りを覚え、今考えればとても失礼な話ですが「たかが10分くらいでK2の何が分かる?この間幼稚園に入ったばかりなのに普通級には行けないだと?そもそも私は癇癪の対処法を聞きに来たのに。」と心の中でプリプリ怒って、医院を後にしました。『発達障害』一度突き付けられたその言葉は二度と忘れることは出来ず、K2とどう接していいかもわかりませんでした。5月、幼稚園の初めての保育参観。丸く円になるよう並んだ椅子の前に園児が立って後ろ手を組んで歌います。その円の中心でK2は終始楽しそうにくるくる回っていました。どう取り繕っても、周りなんてお構いなしに本当に楽しそうに回っている息子が現実なんだと、目の前が真っ暗になりました。専門の先生に診てもらおう、現在のかかりつけ医である麻生小児科医院を訪れたのは3歳3か月のことでした。「K2くんは、私がここで話しかけているにも関わらず、まるで私がいないかのように振舞っている。」と麻生先生。自閉傾向あり。本当に全く目を合わそうとしませんでした。

そこで乳幼児親子教室をご紹介頂き、年少の7月からお世話になっています。最初はうみべのうさぎグループで、母子ともに登室しました。週1回でしたが、江戸川区の幼稚園に長男を送り届け、海辺まで通う。それが何とも大変でした。正直あまり記憶がありません。長女を10月に出産し、11月から再び通い始めた時には1歳の三男と0歳の長女も一緒に連れて行って結局授乳やら三男の世話でK2のための母子保育のはずが、何しに行っているのかよくわからない状態で体力的にも精神的にもきつくなって、単独通所のグループに変えてもらえないかA先生に泣きついたのだけは覚えています。12月半ばからは希望が叶ってらいおんグループの単独通所になりました。幼稚園に通っていたこともあり、母子分離は問題なくはいっていけたように思います。

またこの年、私は大きな選択をしました。それはK2を年中から別の幼稚園に転園させることです。兄と共に通っている幼稚園もとても素敵な幼稚園ですが、指導が厳しいところです。年中になると、運動会・お遊戯会みんなで1つのことを成し遂げることがより要求されます。みんなと同じことをすることが苦手なK2にとって辛いのではないか。悩みました。今後この子が生きていく上で必要なことは何だろう。それはみんなで1つのことを成し遂げる以前に人と関わりを持つこと、自分の気持ちを伝えること、相手にも気持ちがあると知ること、その気持ちを推し量ること。そう考え、M幼稚園に転園しました。もちろん、兄弟で違う幼稚園に通わせることがどれだけ大変か覚悟をしていました。自由度の高いM幼稚園を選んだことを心理の染谷先生も「お母さんの選択、間違ってないと思うよ。」と言ってくださりました。同時に「お母さんね。泡吹いたり、失禁したり、誰にも危害加えてないでしょう。この子、精一杯我慢してるんだよ。」と言われ、「え?」と目から鱗が落ちるようでした。私はK2の何を見てきたのでしょう。思いどおりに行かないとき、我慢できないから泡を吹いて、我慢できないから失禁している。そう思っていました。K2ちゃん、ごめんね。お母さん、何にもわかってあげられてなかった。つらかったね。申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

4歳になっても相変わらず、思い通りにならないとすぐ癇癪を起こしていたK2ですが、急に「お母さん〜」と私に甘えてくるようになりました。定型の子なら、段々甘えなくなってくるお年頃にようやく甘え始める。もう可愛らしくてしかたありません。親子の先生、M幼稚園の先生にも抱きつくのが大好きです。甘えられるようになってからは、癇癪を起こしても抱きしめると心を落ち着くことも増えてきました。同時に言葉も増えて、会話も増えて、年長に上がる頃には自分の気持ちを自分の言葉で相手に伝えられるようになっていました。すると癇癪はぐんと減り、いつの間にかお兄さんK2ちゃん。春からはいよいよ小学生です。また新しい環境で上手くいかないこともたくさんあると思います。それでもやはり人と関わって、関わりの中で成長していって欲しいと思います。

詰まるところ、私には自閉症のK2の世界はどうしても理解できないことがたくさんあります。それでも、歩み寄ることはできると思っています。いつかA先生がかけてくださった言葉に、大人になってK2ちゃんが自分のことを話してくれたらいいですね、と。そんな日が来ることを願って。

 

まとまりのない話になってしまいましたが、ご清聴ありがとうございました。